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邦久庵仕込みのお味噌会

Hokyuann's Miso Party in 7th, April, 2018

【邦久庵仕込みのお味噌会レポート】

 

昨年11月のイベントの際、C.W.ニコルさんたちと一緒に仕込んだお味噌。樽の中で5ヶ月間寝かせてついに完成。2018/4/7土曜日、沖縄特攻から73年目のこの日、なんと池田武邦さんご本人もお招きして、味噌の樽開きを行いました!

 

▲11/24に味噌を仕込んだときの様子。この時は残念ながら池田武邦さん来られず。

▲いよいよ樽開きということで、イベントの案内チラシ

まずは11時頃に皆さん集まり始め、囲炉裏を囲んで談笑。その脇には大きな樽。これが初の"邦久庵仕込みのお味噌"。チョーコー醤油さんはじめ、地元の方々のご寄付とボランティアで、つくらせて頂くことができました。

さあ11時半頃、ほぼ皆さん揃ったところで樽開き。池田武邦さんも手を添えつつ、ご開張。一同、拍手です。

お味噌の出来具合を確認すれば、ここからランチに向けた準備を全員体制で開始です。

ご参加の皆さん総出でキッチン仕事。朝早めにお越し下さった佐世保のお料理上手な女性陣が中心となって、味噌料理をつくる、つくる。

10人くらいの女性でキッチンはごった返しつつ、皆さん手際よく協力してくださって、12時半ごろには、美味しそうな料理が囲炉裏端に運ばれてきます。

ご覧下さい、この鮮やかなお味噌プレート!

実はこれ、邦久庵倶楽部のスタッフは、特になにもしておりません。地元の皆さんのご活躍(だけ)で、超特別なお味噌ランチが、整いました。主婦の皆さんの技は、本当にスゴイ。キッチンの中は、さながら料理教室のような雰囲気もあり。自ずと交流が生まれたようで、レシピを考えてくださった女性には、質問が殺到したそうですよ。

​お味噌ランチを頂いた後は、エプロンをつけて味噌づくり開始です。

米麹・ふかした大豆・お塩に、お湯を混ぜて、混ぜ込みます。池田武邦さんも一緒に。

邦久庵仕込みのお味噌、第二弾。無事仕込み完了です!第二弾ということもあり、みなさん手際よく(急かされながら?)40分くらいで、仕込み完了。総量としては15kgくらいです。

前回のお味噌はこんな感じでパッケージング。これを参加者の皆さんにおひとつずつ、お土産として持って帰って頂きました。竹は地元近くで取ってきたマダケ、紐も良質な精麻なのだそうです。これらも地元の素材に詳しい皆さんにお願いして、ご手配頂きました。

こうして、建物のみならず「地域の材料を使った営み」を継承していく場になれば、邦久庵の活用としてこれ以上のことはありませんよね。

​藍色、茶、鼠、黒、藍。いろんな和紙を用意して各々蓋をしてもらい、参加者の個性も表現して頂きました。

この日は、なんと言っても4月7日。なんの日かというと1945年、去る大戦で戦艦大和率いる部隊が沖縄特攻を行い、池田武邦さんご自身、軽巡洋艦「矢矧」の測的長として参戦し、沈没せられてから、73年という忘れてはならない日でした。

矢矧という艦のこと、沈没して泳いでいる時の心境、顔に大きな火傷を負っていたこと、佐世保に帰り着いた後のこと。

終戦後「酒匂」という引き揚げ船に乗ったこと、南洋で餓死寸前の人々を無数に見たこと、その酒匂が水爆実験の為に接収されてしまったこと。

焼け野原のお茶の水の風景を見た時の心境、東大に入学してからの「食うや食わず」の学校生活、米軍の知恵を建築事務所のマネージメントに取り込んだこと。

94歳の池田武邦さんは2時間近くにわたってゆったりと話してくださり、陽は傾いていきました。

4月7日を語れば、池田武邦さんのことが伝わる。池田武邦さんの波乱万丈を語れば、邦久庵がなぜここにこのスタイルで建っているのか理解することができる。だからこそ、4月7日に邦久庵で皆さんと時間を共にする機会、続けていきたいと思います。それこそ、継承。池田武邦さんが、人間の営みとして大切に考えていらっしゃったことだと思います。

​そのことは、味噌も同じ。仕込んでは醸し、地元の味を楽しみ、地域の中でいろんな材料が循環する。建物というハードのみならず、文化というソフトなものも、継承し発信していきたいと思っています。

 

また、定期的に続けていきましょう!